久方ぶりです。

  • 2005年10月26日(水)

うわーい。最近更新してないなぁと思っていたら
2週間もしてないじゃないですか。
ひょっとしたら何かあったんじゃないでしょうか。
病気とか。怪我とか。すい臓とれたとか。

友達でブログやってる人(♂)がいてるんですが、
その人めっちゃ明るいんですね。楽しい人。
騒ぐの好きそうで、顔もかわいい系で女の子からの
人気もありそうな感じ。

そういう人がサイト持ったりするんですねぇ。
自分がそうだからか、サイト持ったりする人は
何かしら闇を持ってて欲しい気があります。
闇。病み。
いや楽しそうだからと言ってその部分がないワケじゃ
ないですよね。隠しているんだとしたらかなり隠し方
上手い。そっちだったらかなりスゴイ人だ。

かくいう自分というと普段はそうでもないんですが、
何かの拍子に自分の中に溜まっている澱の部分が出るのです。

僕が気にしているあの子がライブに来てくれるという
話がありました。その時点で嬉しいことが2つあるんです。

 ・ライブに来てくれること
 ・チケットを渡すために会いに行けること

しかし、今回都合が合わないのでチケットは当日に
頂戴なさいなコロビさん、という話になったのです。

コレ普通の話で、あーじゃあ待ってますねー☆
で済む話なんですがここで発動してしまいました。


チケットは当日で → 必要以上には会いたくない


という考えに至ってしまうんです。
誰も言ってないのに、一回そう思ってしまうと
誰にも止められなくなってしまうのです。

あーそうなんだ。自分には会いたくないのか。
じゃあ当日もあまり喋らない方がいいのか。
実はうっとおしいと思われているのか。
会いたいのに。会いたいのに。

そんな迷路を30分ぐらいさまよいました。
落ち着いた今では自分が勝手にチケットを渡すことを
会うことに変換してしまっていて、
だからそんな歪んだ考えに至ったのかなと思います。
あと思い込み過ぎ。一言も言ってないことを
自分の中で作り出しちゃってるんです。

まあそれをクリエイティブとかいう言葉に
すげ替えてやれば好印象なんですが。
ものは言いようですね。
マイナスサイクルに迷い込む人募集中。

フロッガーがあらわれた。

  • 2005年10月12日(水)

ブログ流行ってるみたいですねぇ。
ブロガーなんて言葉もメジャー化してきてる
みたいで。htmlとかcgiとか面倒なことは飛び越して
お手軽にマイHP。なんて言っている僕も元はブログに
お世話になってました。つーかこのサイト自体も
ブログのようなもんちゃもんですか。あーそうですか。

まあ流行ってきちゃうと流行に乗っちゃう人が
いるもんでだから流行るって言うんですけど、
いろんな人がやろうとしますよね。
中には、ブログしたい!けど、ブログって何ですか?
っていう人もいたりでじゃあ何でしたいの?みたいな人も。

ウェブに乗っけるってことはいろんな人に見られる
ことが前提ではあるんですが、絶対見せなきゃ
いけないってワケでもないとは思うんです。
自分の日記なら日記帳に書け!という話では
ありますが、ウェブの便利さと言えば。

・パソコンがあれば旅先からでも書ける
・日記帳をなくしてしまうことがない

僕にとっては非常に魅力的です。
僕はあまり使わないですが、写真が乗せられる辺りも
いいところかもですね。

逆にブログで再現できないところと言うと

・手書きの絵を描く
・字体そのものが物を言う時もある
・質感・感触・匂い

絵日記はサイトでやってる方もいますね。
字体はパソコンで言うフォントですが、
自分だけの字や真に生きた字となるとやっぱり
手書きには敵わないでしょう。古くなって字が
かすれてるのとか。紙が日焼けしてるのとか。
あと紙の感触なんかもねぇ。クローバー挟んだり
とか。思い出の御札を挟んでおいたりとか。

一体何の話をしとるのかと言いますと、
職場でブログが始まっていつもの感覚で書いて
しまうといつかとんでもないことをやらかしそう
だということです。平気で乳が好きだとかやってる
と言っていいのか悪いのかの感覚がマヒして
しまってます。危ない。うんこちんちん。

アレの続き

  • 2005年10月05日(水)

島村洋子さんのエッセイ本のタイトルそのまんまです。
俗にいうパクリというやつです。あ、パクリって
地方によって意味違いますよね。僕んとこの辺では
盗むって意味です。場所によっては警察に捕まることを
パクられたっていいますね。だからどうやねんと。

ナニがアレかと言いますと、世の中のどーでもいい話ベスト
3に食い込む「他人の恋愛話」です。ハイ、今チャンネル
変えた人多いですよー。

ここ最近そういった話が出てきてなかったので、人によっては
「あ、コロビ実は壮絶にフラれよったな」
とか思ってたかもしれません。うーむなるほど。
そうそう、確かに大事な話がどうこうの件で終わってた。

その大事な話どうこうが僕もとても気になっていて
それを聞きたいのと、あと僕が話したいこともあったので
会いましょうというのを言いました。それ1週間以上前。
話だけ出来てもいいかなと思ったんですが、
「ご飯食べませんか?」
と向こうから。行かないわけがない。

食べるとこは2人ともどこでもいいという感じなので
近所のとこ行きました。ホントに近く。歩いていった。
車もいいけど、2人で並んで歩くというのは1人で歩き
慣れてしまった僕のような人間にはドキドキするものです。

食べながら僕の方の話はしちゃいました。半分グチ
みたいなもんで…滅多にグチ言わないんですけどねぇ。。
で、考えてたことって何やったの?と聞いたんですが、
「うーん…いや、まだ、いい。後で。」

お店を出てまた並んで歩きました。嬉しい。
話出来るとこを探しながら。ずーっと探しててもいいけど。
このタイミングで手をつないでいいのか?いいのか?
ずっと考えてたんですが、行動に移せず。。

ブラブラと歩いてたら公園に着きました。
ブランコがあったので懐かしいなぁと言いながら座る。
ブラブラしながら座る。あんまりこっちから聞きすぎる
のもダメかなぁと思って、話し出してくれるまで
待ちました。あれ?ひょっとしたら聞いてあげた方が
よかったんかな?コレ僕としてはホンマに
ストレート投げられると思ってたんです。
OKか、やっぱりダメです、か。

話の内容は…別の話でした。
もっとマジメな話というか、いや恋愛話がマジメじゃない
という意味ではなくて、その子のやりたいこととか
そういう話でした。

僕としてはそういった深い話をしてくれるのは
とても嬉しいです。信用してくれてるんかなとも思えるし
自分で考えてるんだなぁっていうのも分かるし。
その自分のやりたいことを僕にハッキリと言えてなかった
のが何か心残りやったみたいです。心残りって言うと
何か最後みたいやな。。いやいや!ちゃんと言って
おきたかったと。うん。何か、とても嬉しかった。

自分のやりたいことを言ってどう思われるかなぁと
心配してたみたいです。自分でやりたいことを持ってる人
は大好きです。何を言ってんだと。大賛成。
ちなみにその話をしてる間、石ころを拾っては僕の靴に
コツコツと投げてくる仕種が可愛らしかったです。どーでもいいか。

帰り道でチラっと僕の方の気持ちは変わってないよ
みたいなことを言ってみたんですが、ハッキリした
答えは返ってきませんでした。あー。焦ったらダメなんかな。

後日、どう思われるかなぁなんか心配せんでもきっと
○○ちゃんのことなら何でも受け入れられると思う、
と言いました。いや、メールです。口でこんなこと
シラフでは言えないです。どっちにしろカッコつけすぎ。
最後の「思う」っていう部分が自信のなさを表してます。
ホントにそんな風に言ってもらえるとは思ってなかった
と返事がありました。だからあんなに言うのを
躊躇してたんやね。

わー長くなってしまった。そんな感じでした。
どっちかに決着が着いたらこのやたら長いドキュメント
シリーズも区切りが付けられるんですが。

かをりさんです。

  • 2005年10月03日(月)

生き物には流れというものがあります。
バイオリズムとも言います。麻雀やポーカーでも
ツキが来たことを流れがこっちに来ているという
言い方をしたりもするし、毎日を歯を磨く時に
「ウォをぇェ」とやらなくては気が済まない
オッサンもいます。1日の流れの中にこの動作が
組み込まれているのでしょう。

この一連の流れというのを僕に当てはめると、

出勤 → パソコン起動 → その間に朝のお通じ
→ メールチェック → IE起動

と来まして、まずこのサイトやらバンドのHPやらを
チェックするところから始まります。
朝の30分は暖気運転のようなもんです。
これをやらないと何だか調子が乗らんのです。

この辺りが済むとホラ皆さんにも上の方に
付いてると思うのですが、「戻る」ボタンを
押すじゃないですか。きっと皆さんもコレ読んだら
押すでしょう。そんで押したらダウンロード中の
○○動画のページなんかに戻ってダウンロード
終わってたら次の動画を落としたりするんでしょう。

僕も皆さんと寸分違わずその経路を辿るのですが、
それは家でのプライベート・コロビの場合。
ここは神聖なる仕事場なので戻っていくと
ヤプーに戻るのです。セキュリティかかってるかなー
と思って見に行ったエロサイトに戻っちゃって
慌てふためくなんてこと1度もないです。

で、今ヤフーに行ってみたら右の特集のとこに

「眞鍋かをり カレはいません」

もう…僕のことを待ってくれているというか
運命がそうさせていると言いますか。いやん、もう。
まあ冒頭の流れがどうとかいう話はどうでもよかったということです。